明治の文豪・幸田露伴
 明治の文豪・幸田露伴は、自分の娘に魚のおろし方などを手ずから教えた。が、『論語』の素読だけは、家庭教師を付けた。 その人は、露伴が理髪店で知り合った近所の老人。ところが老人は、論語だけでなく、娘を凧職人に会わせたり、寿司の食べ方を教えたり……。「この世学問」を説く露伴のねらい通りだった。 明治大学の齋藤孝教授は「まったく違う世界で生きている人たちの生態にじかに接することが、生きていく強さ、人間としての幅広さになる」と指摘。相手との間に、自分とは違うという「気づき」を実感しつつ生きるのが人生というもの。だが“同種”の中でしか生きなくなった若い人には、「気づく」力が不足していると(『違和感のチカラ』角川書店)。 人間関係において、「気づき」の力は重要だ。周囲の人々と自分との差異に気がつくところから、自らの成長の第一歩も始まる。その異なる相手を認め、「人間として、一緒に成長したい」と真剣に思い祈るなかで、人生は豊かになる。 「人間は、人間を離れて人間になれない。人間の中でこそ、より大きな自分となり、より大きな喜びを得るのだ」(池田名誉会長)。b0121545_1623342.jpg

幸田露伴と娘・文(あや)
[PR]
by super2525 | 2009-12-14 16:26
<< 年ぐれに としがゆくとは思ふな... 先日のFASHION SHOWにて >>