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「逆境とは友だちになれ」
 「逆境とは友だちになれ」。 沖縄・興南高校野球部監督の我喜屋優氏の言葉が印象に残った。 社会人野球で北海道に転勤になった時のこと。氷点下という今まで味わったことのない厳しい寒さに「こんなところで野球なんか……」と。しかし、監督として選手の成長を願う強い気持ちは、やがて、常識を覆すトレーニング法を見つけ出した。 それは、雪の中で、カッパや雨靴を使っての練習だった。選手たちには強い精神力と足腰が備わり、全国大会に出場するまでに成長を遂げた。現在、興南野球部でも、雨天の中、同様の練習を実践。2007年の監督就任以来、2年間で3度の甲子園出場を果たしている。「雪と比べれば、雨は、むしろ容易ですよ」と、笑顔で語る氏の姿に、厳しさを乗り越えてきた強さを感じた。
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by super2525 | 2009-12-27 18:50
meiji black chocolate
明治のブラック・チョコレート。
これを冷凍庫で凍らせてお召し上がりください。
人から聞いて試してみましたが、パリッとした食感がとても良いです!
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by super2525 | 2009-12-25 17:06 |
年ぐれに としがゆくとは思ふなや としは毎日毎時ゆくなり
 「年ぐれに としがゆくとは思ふなや としは毎日毎時ゆくなり」。
若き日の西田幾多郎が120年前に詠んだ。
苦難の連続の中、努力を重ね、日本を代表する哲学者として大成。
和歌には、いかなる時でも、日々、精進を欠かさない不屈の決意がみなぎる。
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by super2525 | 2009-12-19 19:20
明治の文豪・幸田露伴
 明治の文豪・幸田露伴は、自分の娘に魚のおろし方などを手ずから教えた。が、『論語』の素読だけは、家庭教師を付けた。 その人は、露伴が理髪店で知り合った近所の老人。ところが老人は、論語だけでなく、娘を凧職人に会わせたり、寿司の食べ方を教えたり……。「この世学問」を説く露伴のねらい通りだった。 明治大学の齋藤孝教授は「まったく違う世界で生きている人たちの生態にじかに接することが、生きていく強さ、人間としての幅広さになる」と指摘。相手との間に、自分とは違うという「気づき」を実感しつつ生きるのが人生というもの。だが“同種”の中でしか生きなくなった若い人には、「気づく」力が不足していると(『違和感のチカラ』角川書店)。 人間関係において、「気づき」の力は重要だ。周囲の人々と自分との差異に気がつくところから、自らの成長の第一歩も始まる。その異なる相手を認め、「人間として、一緒に成長したい」と真剣に思い祈るなかで、人生は豊かになる。 「人間は、人間を離れて人間になれない。人間の中でこそ、より大きな自分となり、より大きな喜びを得るのだ」(池田名誉会長)。b0121545_1623342.jpg

幸田露伴と娘・文(あや)
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by super2525 | 2009-12-14 16:26
先日のFASHION SHOWにて
子ども達が、先日、ママの仕事先でのちょっとしたFASHION SHOWに参加しました。
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by super2525 | 2009-12-08 16:51
サンタさん  Santa
ママが会合で忙しいので、私は絵を描きました。
サンタが煙突から我が家に入り、ケニーと私にプレゼントをくれてるところ。   愛理。
Mom is busy for the meeting, so I drew on a piece of paper.
Santa is entering into my house through the chimny, and gives presents to
my brother Kenny and me.    Ailie
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by super2525 | 2009-12-07 01:41
偉人を育んだ家庭教育  ライト兄弟  WRIGHT BROTHERS
ライト兄弟
兄ウィルパー 1867-1912 享年45歳
弟オービル  1871-1948 享年76歳
子どもの興味を引き出すプレゼント

 牧師の家庭に生まれたライト兄弟。子どものころから何でも分解し組み立てることが好きでした。父は二人の才能を認めて応援し、図鑑など興味を示しそうなものをプレゼントしました。
 あるとき、コルクと竹と紙でできたおもちゃのヘリコプターを買い与えると二人は夢中になりました。高校も中退し、工学の専門教育を受けていない二人でしたが、好きな実験を続け、やがて飛行機を発明し世界初の飛行に成功したのです。
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1900年に作られたグライダー
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1908年に作られた飛行機。 アメリカ陸軍にこの飛行機を紹介するフライトでした。
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by super2525 | 2009-12-04 12:24
偉人を育んだ家庭教育  トーマス・エジソン  THOMAS EDISON
トーマス・エジソン 1847-1931 享年84歳 アメリカ
質問ぜめにする子を温かく見守った母

 大人たちを質問攻めにしたエジソン少年は周囲から「頭がどうかしている」と思われていました。しかし母だけがやさしく接していました。学校で簡単な計算式について執拗に質問し、先生を激怒させたエジソン。問題児で入学わずか3ヶ月で退学を勧められ、小学校の教諭だった母が家庭で教育をしました。
 それからのエジソンは好きなことを追求し、電球や蓄音機などを発明。後に「発明王」と呼ばれるまでになったのです。 
(灯台12月号)
 People thought Edison was crazy because he was asking so many questions to adults.
But only her mom was kind to him. One time at school, he asked his teacher about a calculation so
persistently, and his teacher just got pissed off. 3 months after entering the school, he was advised to withdraw from the shool. After that since his mother was an elementary school teacher,
she taught the boy at home.
In the condition Edison was soaked in studying whatever he likes, he invented so many things.
He became the world famous inventer as you know.
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by super2525 | 2009-12-04 03:41